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大倉忠義

SUPER EIGHT(旧:関ジャニ∞)のドラマー。2002年、17歳でジャニー喜多川から「1ヶ月以内にドラムを習得せよ」と命じられ、ドラムセットの組み方も知らない状態から独学で猛特訓。翌年関ジャニ∞としてメジャーデビューし、以降20年以上にわたってドーム公演の屋台骨を支えてきた。ドラムキットにはオーダーメイドの OCDP(Orange County Drum & Percussion)スネア(「TADAYOSHI」刻印の一点物)を使用する。Drummer JAPAN「日本のドラマー人気投票2025」では43位・125票を獲得した。

基本プロフィール

ドラマーとしての特徴

2002年の関西ジャニーズJr.内バンド(V.WEST)参加を機に、未経験からドラムを開始。最初のステージまで約1ヶ月という期限の中、ドラム講師からはスネアドラムとフロアタムの基本叩法のみを教わり、あとは映像研究と家での反復練習による独学で技術を習得した。関ジャニ∞のメジャーデビュー以降、バンドスタイル楽曲を中心にグループのサウンドを支え続けている。
プレイスタイルとしては、楽曲の展開に合わせてスケール感のあるフィルインを組み込むパワフルなドラミングが特徴である。ドームクラスの会場を想定した長時間演奏に耐える体力と安定性を重視した演奏が評価されており、関ジャニ∞の最新アルバム(2021年)ではドラムソロがフィーチャーされた楽曲も収録された。2022年には18周年シングルを3年ぶりのバンド・スタイルでリリースしている。

キャリア年表

使用機材

複数ブランドを使い分けるスタイルで、楽曲の要請に応じて機材を選択する。特にスネアには個人仕様のオーダー品を使用している点に特徴がある。

ドラムキット

スネア

シンバル(SABIAN で統一)

ペダル・スティック・その他

主な参加プロジェクト

影響を受けた音楽/ドラマー

本人が公言している影響を受けたドラマーとして、チャド・スミス(Red Hot Chili Peppers)、金子ノブアキ(RIZE)、YOSHIKI(X JAPAN)の3名を挙げている。(★★★)
YOSHIKIとは、2015年のテレビ朝日『関ジャム 完全燃SHOW』での共演をきっかけにX JAPAN「Forever Love」を一緒に演奏し、番組内でYOSHIKIから直接ドラム指南を受けた(音楽ナタリー・Real Sound等で報道、★★★)。
機材面では OCDP のカスタムオーダーセットを使用しているが、この選択背景に金子ノブアキからの影響があったとする言及が複数の二次情報源で見られる。本人の公式発言としての裏取りは現時点で未確認。(★☆)

ドラマー文化における位置づけ

大倉忠義のドラマーとしてのネットワークは、日本のロック・ドラム文化の主要な系譜と交差している。X JAPAN の YOSHIKI とは『関ジャム』での共演・セッション経験があり、RIZE の金子ノブアキとは機材(OCDP)を通じた接点が指摘される。また Red Hot Chili Peppers のチャド・スミスを敬愛するドラマーとして挙げている点は、彼が「アイドルとしての演奏」ではなく「ロック・ドラマーとしての演奏」を志向してきたことを示している。
アイドル系ドラマーの中でも、オーダーメイドのカスタムスネア(OCDPの「TADAYOSHI」刻印モデル)を使用し、自らの名前を刻んだ機材と長期間向き合うスタイルは、職業ドラマーに近い姿勢として特筆される。

アイドルドラマーとしての位置づけ

日本の音楽シーンにおける「大手事務所に所属しながら本格的なバンド形態で活動するグループ」の代表的な存在である。未経験から短期間での技術習得を強いられるアイドル特有の過酷な環境からスタートしながらも、20年以上にわたってドームツアーの屋台骨となるバンドアンサンブルを支え続けている。これは、いわゆる「タレントの余技」の枠を超え、職業ドラマーと同等のスタミナとライブ経験を蓄積した特異なキャリアと言える。

エピソード

1ヶ月の猛特訓──17歳・2002年の分岐点

2002年秋、関西ジャニーズJr.の舞台『ANOTHER』を終えた17歳の大倉忠義に、人生の分岐点となる話が持ち上がる。同じグループの丸山隆平と安田章大が「大倉はリズム感があるからできるんじゃないか」とジャニー喜多川に推薦したことで、新バンドV.WESTのドラム担当候補となったのである。
しかしドラムは完全未経験。ギターの経験はあったものの、ドラムセットの組み方すら知らない状態だった。しかも、次のライブのリハーサルまでの期限はわずか1ヶ月。事務所からは「間に合わなければ東京からドラマーを連れてきてツインドラム体制にする」という代替案も提示されていた。
追い詰められた大倉の背中を押したのは、同じV.WESTの渋谷すばるからの言葉だった。「チャンスやで。お前が努力して『大倉1人で十分や』ってなったら、お前の勝ちやで」──。
1ヶ月の間、大倉はドラム講師からスネアドラムとフロアタムの基本叩法のみを教わった後は、独学で猛特訓に入る。家では本を叩いて反復練習し、正しい音が出ない本では判断できない分、スタジオ練習では徹底的に感覚を集中して身体に刻み込んだ。かっこいいドラマーの映像をビデオで研究し、動きを分析した。ジャニー喜多川が他のドラマー候補も並行して検討していることを知っていた大倉は、「このチャンスを逃したくない」という一心で叩き続けた。
リハーサル当日、ジャニー喜多川と振付師の前で演奏。ジャニーの判定は一言──「ユーだけで大丈夫」。V.WESTの正式メンバーに決定した。そして2002年12月18日、『J³ KANSAI』の新メンバー加入と同時に関ジャニ8(のちの関ジャニ∞)を結成。翌19日、『関ジャニ8 X’masパーティー2002』で、客前で初めてドラムを叩いた。これが、20年以上続く彼のドラマー人生の第一歩だった。(★★)

2010年『MUSIC STATION』──プロ意識の転換点

2010年、関ジャニ∞は『MUSIC STATION』で地上波初となるバンドスタイル7人編成の演奏を披露した。しかし演奏中、間奏部分で大倉が演奏を間違えたことでバンド全体のグルーヴが崩れ、その事故は本人の中に深い悔しさとして残ることになる。
この出来事を機に、大倉のドラマーとしての意識は大きく変わる。「違和感を持たれないくらいにはなりたい」──技術者としての自覚が明確に芽生えた瞬間だった。以降、単なるアイドルの余技としてのドラムではなく、「プロと並んで恥ずかしくないドラマー」であることを志向し続けている。(★★)

Drummer JAPAN 人気投票2025 での扱い

Drummer JAPAN「日本のドラマー人気投票 2025」において、43位(125票)を獲得した。

所属バンド/所属事務所 変遷

編集部より

SUPER EIGHT(旧:関ジャニ∞)のドラマー。17歳・1ヶ月の猛特訓から始まり、20年以上ドームの巨大空間を力強いビートで牽引し続ける。

出典

今後追記予定の欠損情報

横井ジン
横井ジン
https://drummerjapan.com/
映像ディレクター / Drummer JAPAN編集長 TVディレクターを経て2005年より本メディアを主宰。映像制作のプロとして、また一人のドラマーとして、偉大なプレイヤーたちの軌跡を映像で後世に遺すプロジェクトを牽引。生涯、映像とドラムと共に。

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