お問い合わせ
Mail. hello@drummerjapan.com
X. @DrummerJapan
Back

宮永英一|ドラマー名鑑

宮永英一(みやなが えいいち)は、1951年6月20日に那覇で生まれ、コザで育ったドラマー。通称は“CHIBI”。ロックバンド「紫」のドラマーで、歌もドラムもこなす。

基本プロフィール

項目 内容
名前 宮永英一(みやなが えいいち)
英字表記・通称 Eiichi Miyanaga、“CHIBI”
生年月日 1951年6月20日
出生地・育ち 那覇生まれ、コザ育ち
担当 ドラム、ヴォーカル
主なバンド 紫

ドラムとの出会い

ザ・ベンチャーズに影響を受けて、1966年に音楽の世界へ入った*。コザで育ち、中学校卒業後すぐにバンド活動を始めた。

キャリア

Drummer JAPANの旧ページは、中学卒業後、1973年に「紫」に加入したと書き、紹介文で「75年のデビューの衝撃は今でも忘れることが出来ない」としている。紫の公式サイトのツアー告知には「昨年8月8日にデビュー40周年を迎えた紫が」とある。
年 出来事(Wikipedia日本語版)
1978年 紫を脱退。その後「コンディション・グリーン」など複数のバンドに参加*
1980年 『サンディエゴ』に参加。CBS・ソニーからの1st『SAN-DIEGO』の「ジャンピング・モンキー」が日本テレビ系ドラマ「猿飛佐助」の主題歌に*
1988年 『ZODIAC』を結成。自分のルーツである琉球音楽に傾倒する*
1995年 ケーシー・ランキンとのユニット『琉球マジック』で、アルバム「RYUKYU MAGIC」を発表*
1990年代末 ジョージ紫らと「紫」を再結成*
2008年 6月13日、プロデビュー40周年記念リサイタル「宮永英一、私が愛するコザを語る」をミュージックタウン音市場で公演*
2017年 4月、『CHIBI with Friends』を結成*
2020年 9月、NHK教育テレビジョンのETV特集「基地の町にロックは流れて」で、その人生が取り上げられる*
2021年 5月、FMコザでパーソナリティを務める『Giant CHIBIのハートロックコミュニケーション』が始まる*
Drummer JAPANの旧ページの掲載時点では、ソロ活動「WAKE UP!琉球」のほか、「紫」「ZODIAC」のメンバーとして活動し、県内外の学校・教育機関でも、芸術鑑賞・平和学習・沖縄研究・修学旅行プログラムなどで演奏していた。Wikipedia日本語版によれば、沖縄県ロック協会の会長、NPO沖縄県音楽文化振興会の副理事長も務める*。
2012年10月31日にテイチクエンタテインメントから発売された紫の「琉神マブヤー1972レジェンド」では、主題歌の日本語バージョンを歌っている。

コザで見たもの

2019年12月の琉球新報は、1970年12月20日の「コザ騒動」の目撃者の一人として宮永英一を紹介している。当時は米兵相手にライブ活動をしていた。騒動当時は19歳で、ゲート通り沿いのバー「アスターハウス」で働いており、客のほとんどが米兵だったという。本人は「ウチナーンチュと米兵、どちらの気持ちも分かった」と語っている。2019年3月には、かつてBCストリートにあった「CANNON CLUB」(キャノンクラブ)を復活させた。
Drummer JAPANの旧ページの紹介文は、当時の沖縄では、米兵たちの中で鍛えられた沖縄のミュージシャンがハードロックの分野で群を抜いていたと書いている。

和太鼓と道場

旧ページには、「琉球MAGIC」で使っていた2バス仕様の和太鼓セット(1998年)と、「鼓響館」に常設の和太鼓セットの写真が載っている。旧ページの掲載時点では、宮永英一が直接指導するドラム道場があり、ドラムセットだけでなく和太鼓も学べた。

Drummer JAPANの記録

記事の日付 内容
2007年4月22日(取材日) 夕方から道場を取材。Yokoiにとっては宮永英一と25年ぶりの再会だった。門下生は小学生からで、Drummer JAPAN沖縄支部のメンバーも入門していた

人気投票での扱い

年 順位 票数
2022年 796位 5票
2023年 499位 6票
2024年 578位 5票

所属バンド変遷

期間 所属・活動形態 備考
1973年に加入(旧ページ)、1978年に脱退(Wikipedia日本語版) 紫 *
1978年の脱退後(Wikipedia日本語版) コンディション・グリーンなど *
1980年に参加(Wikipedia日本語版) サンディエゴ *
1988年に結成(Wikipedia日本語版) ZODIAC *。旧ページ掲載時点でもメンバー
1995年(Wikipedia日本語版) 琉球マジック ケーシー・ランキンとのユニット*
1990年代末に再結成(Wikipedia日本語版) 紫 *。2012年発売の作品の主題歌で日本語バージョンを歌う
2017年4月に結成(Wikipedia日本語版) CHIBI with Friends *

今後追記予定の欠損情報

  • 本人の公式サイトの現況
  • 紫の在籍期間の詳細(1974年の脱退と1975年の再加入についての資料)
  • 使用ドラムセットのメーカーと構成
  • Drummer JAPAN「日本のドラマー人気投票」2025年での扱い

Drummer JAPAN 旧ページの記録

以下は旧ページの記録です。本文中の「投稿:1177649849」「更新:1287583102」はUNIX時刻で、日本時間ではそれぞれ2007年4月27日、2010年10月20日にあたります。「現在」「活動中」などの言い方は掲載当時のものです。
投稿:1177649849

“CHIBI” 宮永英一  Eiichi Miyanaga

006
1951年6月20日、那覇生まれコザ育ち。中学卒業後1973年に「紫」に加入。当時の沖縄はアメリカそのものであり、本物を知る米兵達の中で鍛えられた沖縄ミュージシャンたちは、ハードロックの分野において群を抜いていた。75年のデビューの衝撃は今でも忘れることが出来ない。
ヴォーカリストとしても活躍しており、艶やかで伸びのある声域は誰をも魅了する。歌もドラムも両方こなすドラマー。
現在、ソロ活動「WAKE UP!琉球」のほか「紫」「ZODIAC」のメンバーとして活動中。公共機関主催のイベントにも出演するほか、県内外の学校・教育機関でも芸術鑑賞・平和学習・沖縄研究・修学旅行プログラム等において多彩な演奏活動を行っている。
008
DSC 0144

和太鼓セット

wa 08
「琉球MAGIC」で使用している2バス仕様の和太鼓セット(1998年)
現在「鼓響館」に常設の和太鼓セット
wa 01
wa 02
wa 05
wa 04
wa 03
wa 07

宮永流太鼓道場

なんと宮永さんが直接指導してくれるドラム道場です。沖縄在住のドラマーが羨まし?い!初心者からプロまで、真剣にドラムを学びたい方におススメします。歌心を知り尽くしたドラマーならではのフィールや、宮永さんのドラムに対する姿勢が学べます。
2007年4月22日、夕方から道場を取材させていただきました。私Yokoiは宮永さんと25年ぶりの再会です。
Drummer JAPAN 沖縄支部のメンバーも続々入門。門下生は小学生からというのも驚きですね。中1・高1の女の子もいます。ドラムセットだけでなく和太鼓も学ぶことが出来る、まさに宮永流のドラム教室です。
詳しくは鼓響館へ直接お電話を!
kokyokan 2
更新:1287583102

*印の記述は、Wikipedia日本語版にのみ記載があり、一次資料・二次資料ではまだ確認できていないものです。

出典

1. Drummer JAPAN「宮永英一」(ドラマー名鑑。旧ページの記録部分。投稿記録「投稿:1177649849」=日本時間2007年4月27日、更新記録「更新:1287583102」=日本時間2010年10月20日)(一次資料)
https://drummerjapan.com/%e5%ae%ae%e6%b0%b8%e8%8b%b1%e4%b8%80/
2. 紫(MURASAKI)オフィシャルウェブサイト トップページ(日付不明、2026年10月27日確認)(一次資料)
http://www.murasaki-okinawa.com/j/index.html
3. Drummer JAPAN「日本のドラマー人気投票 2022 結果発表 501-1000位」2022年12月28日(一次資料)
https://drummerjapan.com/japanese-drummer-popularity-contest-2022-501-1000/
4. Drummer JAPAN「日本のドラマー人気投票 2023 結果発表 1-500位」2023年12月24日(一次資料)
https://drummerjapan.com/japanese-drummer-popularity-contest-2023-top500/
5. Drummer JAPAN「日本のドラマー人気投票 2024 結果発表 501-1000位」2024年12月24日(一次資料)
https://drummerjapan.com/%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%ae%e3%83%89%e3%83%a9%e3%83%9e%e3%83%bc%e4%ba%ba%e6%b0%97%e6%8a%95%e7%a5%a8-2024-%e7%b5%90%e6%9e%9c%e7%99%ba%e8%a1%a8-501-1000%e4%bd%8d/
6. 琉球新報「「ウチナーンチュと米兵、どちらの気持ちも分かった」 基地の街で育った伝説のバンド「紫」のドラマーが明かした思い コザ騒動から49年」2019年12月20日(二次資料)
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1045210.html
7. Wikipedia日本語版「宮永英一」(2026年4月22日 12:22(UTC)の版、oldid=109248467)(三次資料)
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%AE%AE%E6%B0%B8%E8%8B%B1%E4%B8%80&oldid=109248467
いずれも2026年10月27日に参照。一次資料=本人・公式・メーカー・Drummer JAPANの取材記録など、二次資料=報道機関の記事、三次資料=Wikipediaなどの事典。
最終確認:2026-10-27
このページはDrummer JAPANが独自に制作したドラマーアーカイブです。情報は随時更新します。

DrummerJapanはよりよいサービスを提供するためにCookieを使用しています。 プライバシーポリシー

広告人気ドラムスコアを1曲からダウンロード!
楽譜を探す