基本プロフィール
ドラマーとしての特徴
即興性とパーカッシブなアプローチ
酒井 麿のドラミングは、単に一定のビートをキープするリズムキープとしてのドラムにとどまらず、「擦る・叩く・弾く・転がす」といった即興演奏を軸に、あらゆる打楽器の音色を引き出すパーカッシブなアプローチを特徴とする。
リズムファシリテーション
打楽器アンサンブルとしての世界観を追求し、ドラムをコミュニケーションの道具として捉えていた。その思想は、後述のドラムサークル活動や教育活動にも直接結びついている。
高い基礎技術とダイナミクス
16歳で日本屈指のドラマー・村上“PONTA”秀一氏に弟子入りして培った確かな基礎技術を持ち、繊細なピアニシモから豪快なフォルテシモまで広いダイナミクスレンジを自在にコントロールした。
キャリア年表
過去のイベント・ドラムクリニック写真
【追悼】「BE MY BABY」演奏・解説映像
動画説明文より抜粋:
2026年6月27日、ドラマー・酒井麿さんが急逝されました。享年61。この動画は、酒井さんご自身がCOMPLEX「BE MY BABY」を叩き、自ら解説されたものです。
COMPLEXの吉川晃司さんは、広島・修道中学からの同級生であり、プロ入り後も長年支え続けた生涯の盟友。その盟友の曲を、こんなに楽しそうに叩いて、語る。酒井さんというドラマーの温度が、この10分に詰まっています。
使用機材
- ドラムヘッド:ASPR(アサプラ)。国産ドラムヘッドメーカーであるASPRのエンドーサーとして公式登録されており、スネアやタムなどのヘッドにASPR製品を愛用していた。
- パーカッション:ジェンベやカホン、マーチング用のスネアドラムなど、セットドラム以外の打楽器も多数使用。
- 三味線:祖母の形見であった「細棹三味線」を使用。「酒屋まろ吉」名義での都々逸の弾き唄いの際に用いられた。
セッションワーク
- 吉川晃司(ライブ・レコーディングサポート、プログラミング)
- ZARD(ライブ・レコーディングサポート)
- 江口洋介(ライブ・レコーディングサポート)
- 山崎まさよし(ライブ・レコーディングサポート)
- 大澤誉志幸(ライブサポート)
- 山下久美子(ライブサポート)
- 佐藤浩市(ライブサポート)
- 白井貴子、本田恭章、広石武彦、原田喧太、KYO、東儀英樹、松井常松、松ヶ下宏之 等
教育活動・その他のアプローチ
大学・スクール等での活動
京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)映像音楽科にて講師を務め、映像における音楽効果や実践的なリズム・打楽器の理論を学生に指導。また一般向けのドラムレッスンや、ジェンベを用いたワークショップも主宰した。
ドラムサークル・ファシリテーター
2005年より、パーカッションを用いた即興的参加型ライブイベント「JBドラムサークル」を主宰。ドラムサークルファシリテーター協会(DCFA)の「Stimulative Facilitator」として活動し、横浜「楽器フェア」の野外ドラムサークルでファシリテーターを歴任。六本木ヒルズや文化放送などの大舞台でのイベントを成功させた。
プロデュース・作曲実績
ヴォーカルユニット「MARBLETEARS」やラテンハウスユニット「splash garden」において、ドラム演奏のみならず作曲、アレンジ、トータルプロデュースを担当した。
影響を受けた音楽/ドラマー
村上“PONTA”秀一
16歳の時に村上“PONTA”秀一氏に師事したことが、酒井 麿のプロドラマーとしての最大の原点である。ビートの捉え方やセッションにおけるドラマーの役割、音楽に対する真摯な姿勢など、多大な影響を受け続けた。
ロック/セッションドラマーとしての位置づけ
彼の活動における特筆すべき点は、単に他者のバックバンドを務めるにとどまらず、リズムを主軸とした多角的な表現やコミュニケーションの可能性を模索し続けたことにある。「ドラムサークル」による一般市民を巻き込んだ音楽コミュニティの創出や、伝統邦楽である「三味線都々逸」を洋楽ドラマーの視点から咀嚼し自ら演者となる活動など、既存のドラマーの枠に収まらない先駆的な足跡を多く残した。
エピソード
吉川晃司との深い盟友関係 ★★★
修道中学校・高等学校の同級生であり、ともに水球部で活動した仲。地元・広島時代に吉川がボーカル、酒井がドラムを務める「Eight City’s Fish Band」(ハマチばんど)を結成して音楽活動を始めた。プロ入り後も吉川のサポートドラマーを長年務め、プログラミング作業も手掛けるなど、公私にわたり生涯の友であった。
村上“PONTA”秀一への師事 ★★★
16歳で日本屈指のドラマー・村上“PONTA”秀一氏に弟子入り。ローディー(付き人)としてツアーを回りながらプロの現場を肌で学び、ドラミングの基礎から音楽表現の神髄までを吸収した。
SUNNY CRUISERと映画『LOST ANGELS』への出演 ★★★
1998年に原田喧太、小池ヒロミチと結成したSUNNY CRUISERでは、林海象監督が手がけたドキュメンタリータッチ映画『LOST ANGELS』(2000年公開)にメンバー全員が実名で出演した。アメリカ進出を夢見るバンドのリアルな姿がフィルムに記録されている。
三味線都々逸「酒屋まろ吉」としての伝統芸能活動 ★★★
2011年の広島県福山市への移住をきっかけに、亡き祖母の形見であった細棹三味線を引き継いで独学で都々逸を習得。以降、全国各地のお座敷やライブハウスにて「酒屋まろ吉」名義で弾き唄いライブを行い、江戸情緒を伝える都々逸の保存と独自のポップス的解釈に情熱を注いだ。
中野「UP-BEAT」の隠れマスター ★★★
月曜日と木曜日の夜には、東京・中野にあるバー「UP-BEAT」の隠れマスターに変身。夜な夜な多くの音楽仲間や常連客が集う秘密基地のような憩いの空間となっており、多くの人から慕われていた。
Drummer JAPAN 人気投票2025 での扱い
所属バンド/所属変遷
| 期間 | 所属/活動形態 | 備考 |
|---|---|---|
| 1981年〜1985年 | Eight City’s Fish Band(ハマチばんど) | 吉川晃司らと結成した広島時代のバンド |
| 1986年〜1988年 | BEE PUBLIC(ドラムス・ボーカル) | 研音よりメジャーデビュー。1988年解散 |
| 1989年〜 | サポートドラマー、プロデュース活動 | 吉川晃司、ZARD、江口洋介、山崎まさよし等のサポート |
| 1998年〜2000年 | SUNNY CRUISER(ドラムス) | 原田喧太、小池ヒロミチと結成。2000年活動休止 |
| 2001年〜2004年 | MARBLETEARS(プロデューサー・作曲) | ヴォーカルユニット。2004年活動休止 |
| 2002年〜2026年 | BEAT CLUB(ドラマー・パフォーマー) | 松田弘(サザンオールスターズ)主催 |
| 2005年〜2026年 | JBドラムサークル(主宰・ファシリテーター) | 都内を中心にリズムワークショップを定期開催 |
| 2008年〜2026年 | splash garden(プロデューサー・ドラマー) | ラテンハウスユニット |
| 2011年〜2026年 | 酒屋まろ吉(三味線都々逸アーティスト) | 福山移住を機に活動開始。全国のお座敷で弾き唄い |
| 2011年〜2026年 | 福山コトノネプロジェクト | 市政100周年記念式典などに出演 |
| 2022年〜2026年 | MARIMARI(ドラマー) | 超ハイテクFUNKバンド。全国ライブ展開 |
Drummer JAPAN 関連ページへのリンク
- Drummer JAPAN で「酒井まろ」を検索した結果一覧
- 「Drumming High! 2012 inかわさき」イベントレポート
- Drummer Talks(ドラマー対談・レポート記事)
- 五十嵐公太・満園庄太郎 ドラムクリニックレポート
- 日本のドラマー人気投票 2022 結果発表(Top 500)
- 日本のドラマー人気投票 2024 結果発表(501〜1000位)
一言紹介
出典
- 酒井まろ/酒屋まろ吉 公式サイト (sakaimaro.art)
- Wikipedia 日本語版 「酒屋まろ吉」
- 日刊スポーツ 訃報記事「80年代から活躍の61歳ドラマー「急性冠症候群」により死去 YouTube100万回再生も」(2026年7月1日付)
- 丸山正剛 公式X アカウント @marubeck (2026年6月28日投稿)
- BARA 公式X アカウント @bara_bass_ (2026年6月28日投稿)
- 修道高等学校 東部修道会同窓会報告PDF
今後追記予定の欠損情報
- 【使用機材(ドラム・スネア・シンバル)の型番・詳細】:[探索済み・未取得] 過去のライブやレコーディングで使用されていたドラムセットの具体的なウッド素材、スネアドラムのシェル型番、シンバルの詳細モデル名(Zildjian、SABIAN等のサイズやシリーズ)については、一次情報(本人発言・機材紹介写真等)で特定できる十分なソースが確認できなかったため、今後の情報収集課題とする。