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鈴木英哉(JEN)|ドラマー名鑑|Drummer JAPAN

国民的モンスターバンドとして日本の音楽史に数々の金字塔を打ち立ててきたMr.Children。その絶対的なリズムの要であり、桜井和寿の紡ぎ出す繊細かつ壮大なメロディを常に最後方から大きな優しさで包み込んできた男が、通称「JEN(ジェン)」こと鈴木英哉である。彼のドラミングの特徴を一口に語ることは難しい。なぜなら、彼のプレイスタイルはMr.Childrenというバンドの音楽性の変遷——純度の高いギターポップから、オルタナティヴなロックンロール、そして深遠なオーケストレーションを伴うバラードまで——に合わせて、カメレオンのように多彩な変化を遂げてきたからである。しかし、どんな楽曲においても一貫して言えるのは、彼のドラムが「歌うように」響き、聴く者の心を揺さぶる強烈な「人間味」に溢れていることだ。ステージ上で誰よりも大きな口を開けて歌い、汗だくになってドラムを叩き続ける彼の姿は、Mr.Childrenが今なお泥臭いロックバンドであることの最大の証明である。

基本プロフィール

ドラマーとしての特徴:歌を目いっぱい輝かせる「呼吸と強弱」(プレイスタイル詳細)

鈴木英哉のドラミングの最大の美徳は、「すべてのアプローチが桜井和寿の『歌』を際立たせるために計算されている」という点にある。これは口で言うほど簡単なことではない。長尺のバラードからテンポの速いロックチューンまで、ボーカルの呼吸や歌詞の意味合いを深く汲み取り、ダイナミクス(音量の強弱)を劇的にコントロールする技術が要求されるからだ。
彼のプレイスタイルを分析すると、Aメロ等のボーカルが静かに語りかけるセクションでは、ハイハットの先端を撫でるように極めて繊細なタッチで叩き、スネアもクローズドリムショット(フチ叩き)で徹底して空間を空ける。しかし、サビに向かって感情が高ぶるにつれ、徐々にライドシンバルのカップ打ちやオープンハイハットに移行し、サビの頭では全身の体重を乗せた強大なクラッシュシンバルと深胴スネアのバックビートを叩き込む。この「静から動への振り幅」の大きさこそが、Mr.Childrenの楽曲が感動的に響く最大の要因の一つである。
また、彼のサウンドの特長として、スネアドラムのチューニングが挙げられる。一般的なポップスのセオリーである「タイトで高めのピッチ」にとらわれず、楽曲によっては「ドスッ」という非常に低く重いピッチのスネアにバスタオル等でミュートを施し、まるで70年代のポール・マッカートニー&ウイングスやリンゴ・スターのような、ヴィンテージテイスト溢れる太い音を作り出す。この「いぶし銀」な音作りへのこだわりは、小林武史らプロデューサー陣との緻密なスタジオワークによって培われたものである。
スウィングやシャッフルといったハネるリズムにおいても、彼は絶妙な後ノリ(レイドバック)を聴かせる。「Dance Dance Dance」等で見せるロックンロールのドライブ感から、「シーソーゲーム 〜勇敢な恋の歌〜」におけるモータウン調のハネたビートまで、彼の右手が刻むハイハットのグルーヴは、楽曲のテンションを決定づける強烈な個性を持っている。

キャリア年表:幼馴染との出会いから国民的バンドのリーダーへ

10代:ドラムとの出会いと「JEN」の誕生
東京都杉並区で育った彼は、もともと別のバンド等で活動していたが、同窓の桜井和寿や中川敬輔に誘われる形でバンドへと合流する。彼が「JEN(ジェン)」と呼ばれるようになったのは中学時代に遡る。彼が乗っていたSUZUKIのスクーター「GEMMA(ジェンマ)」について、友人が「ジェン(鈴木だから)」と呼んだのが定着したものと広く言われている。この愛称は、日本の音楽シーンで最も有名なドラマーの呼称の一つとなっている。
1989年〜1990年代前半:Mr.Children結成とブレイク前夜
田原健一も含めた4人で、1989年に現行の「Mr.Children」名義での活動を開始(後に彼が最年長ということで形式上のリーダーとなる)。インディーズ時代を経て、1992年にアルバム『EVERYTHING』でメジャーデビューを果たす。この頃の彼のドラムは、キラキラとしたネオアコ的サウンドに合わせたソリッドで軽快なエイトビートが主体であった。しかし、「innocent world」(1994年)や「Tomorrow never knows」(1994年)といった空前のミリオンヒットを飛ばし、ドームクラスの会場を埋め尽くすようになると、彼のドラミングもスタジアムのスケールに合わせた「大きくて太いノリ」へと進化していく。
1990年代後半:「深海」におけるオルタナティヴな挑戦
1996年に発表されたアルバム『深海』、および翌年の『BOLERO』の時期は、バンドが社会的なメッセージや内省的なテーマを強め、サウンドも極めてザラついたオルタナティヴ・ロックへと変貌を遂げた時代である。この時期の鈴木のドラミングは特筆に値する。「名もなき詩」や「ALIVE」などで聴かれる、オープンハイハットを荒々しく叩き潰し、極太のスネアを引きずるように鳴らすプレイスタイルは、当時のUKロックやグランジからのインスピレーションを独自に解釈したものであった。彼のドラムが単なる「伴奏」を超えて、バンドの怒りや虚無感を代弁する「言葉」として機能し始めた重要な時期である。
2000年代以降〜現在:無敵の包容力と「歌うドラム」の完成
その後、活動休止や幾多の試練を乗り越えながら、『IT’S A WONDERFUL WORLD』(2002年)や『シフクノオト』(2004年)、『SUPERMARKET FANTASY』(2008年)等、名盤をコンスタントに生み出し続ける。年齢とキャリアを重ねるにつれ、彼のドラミングからは不要な力みが消え、どんなジャンルの楽曲にも対応できる圧倒的な包容力と芳醇なトーンを獲得した。近年はライブにおいて、曲に合わせて誰よりも大きな声で口ずさみながら(時に顔の前で両手を叩いてから)スネアを打ち鳴らす姿が定着している。その楽しそうな笑顔と魂の込もったビートは、世代を超えたオーディエンスに勇気と生命力を与え続けている。

使用機材

以前の機材(TAMA × Zildjian)から現在(Ludwig × PAiSTe)への変遷考

キャリア初期から1990年代〜2000年代中盤にかけては、長らくTAMA(タマ)のドラムキットとZildjian(ジルジャン)のシンバルを愛用していた。当時の日本のロックシーンにおける「抜けの良い、硬質でアタックの強いサウンド」の代名詞的なセッティングである。
しかしその後、ヴィンテージ楽器への造詣を深め、より「いなたい(深みがあって温かい)音」を追求する中で、近年はLudwig(ラディック)のドラムセットとPAiSTe(パイステ)のシンバル(主に2002シリーズ等)をメインの機材として使用している。

ドラムキット:Ludwig

現在メインで使用されるLudwigのキットは、木胴(メイプル等)の温かみのあるサスティンと、中低域のふくよかさが特徴である。バスドラム、ワンタム、一または二つのフロアタムという比較的シンプルな構成(所謂ジョン・ボーナム・スタイルに近い王道セッティング)をとることが多く、タムの口径もやや大きめのものをチョイスしてピッチを落としている。これにより、「スタジアムに響かせても耳に刺さらない、人間的で温かいローエンド」を実現している。

スネア

LudwigのBlack Beauty(ブラック・ビューティー)やSupraphonic(スープラフォニック)LM402など、往年のロックの名盤で聴かれるクラシックな名器を多数所有し、楽曲のレコーディングやライブで使い分けている。「カンッ」という高いピッチよりも、「バシッ」「ボスッ」という中低音が強調された太い音を好む傾向が強い。ヘッドの中央にガムテープ等でミュートを施し、サスティンを完全にコントロールすることで、ボーカルラインとぶつからない完璧な帯域を作り出している。

シンバル:PAiSTe

PAiSTeのシンバルは、金属的な倍音が少なく、明るくストレートに抜ける「シャーン」というサウンドが特徴である。Zildjian時代の複雑な倍音成分から、よりシンプルでロックンロール的な明快さを持つPAiSTeへと移行したことは、バンドが近年「よりストレートなバンドサウンド」を志向していることと軌を一にしている。

主な参加プロジェクト・作品

Mr.Children 作品群(ドラム的観点からの俯瞰)

エピソード

底抜けの明るさとバンドの潤滑油

彼はMr.Childrenというバンドにおける「永遠のムードメーカー」である。テレビ出演時やライブのMC(特にメンバー紹介時)では率先してふざけ、道化を演じてみせる。ボーカルの桜井和寿が楽曲制作のプレッシャーや私生活での苦悩で重い空気を纏っていた時期であっても、JENの底抜けの明るさと「ドラムを叩くのが楽しくて仕方がない」という姿が、バンドが瓦解するのを防ぐ強固なストッパーとなっていたことは想像に難くない。技術を語る以前に、彼のこの「人間力」こそが、バンドが30年以上にわたって第一線を走り続けられている最大の理由である。

リズム感の独特な「歌い方」

レコーディングにおいて、彼はしばしばドラムのフレーズを言葉(擬音)にしてメンバーやアレンジャーに伝えるという。「ドカバシュッ!みたいな」といった感覚的な擬音語表現を多用するが、それが不思議なまでにバンドが求めているニュアンスと合致するのだ。彼の中ではただの「拍」や「小節」ではなく、すべてが「歌」として処理されていることの証拠である。(★★★ 過去の音楽誌インタビュー等より)

ロック/セッションドラマーとしての位置づけ

鈴木英哉は、所謂「テクニック至上主義」のドラマーコンテストで評価されるタイプのプレイヤーではない。しかし、「日本で過去30年間、最も多くの日本人の耳に『良い歌』と一緒に届いたドラムの音」の持ち主は誰かと考えたとき、間違いなく彼がトップに位置する。
巨大なスタジアム・ドームツアーにおいて、プログラミング(同期)に頼り切るのではなく、生のドラムが持つ「揺らぎ」や「ダイナミクス」によって数万人を感動させる術を、日本で最も体得している人物である。「曲を生かすドラム」「歌に寄り添うドラム」という、すべてのポップスドラマーが目指すべき永遠のテーマに対する、最も成功した一つの回答が彼のプレイスタイルである。

Drummer JAPAN 人気投票 2025 での扱い

Drummer JAPANによる「日本のドラマー人気投票2025」において、鈴木英哉(JEN)は第31位(169票)という結果であった。Mr.Childrenというバンド自体の巨大な人気に比べると控えめに映るかもしれないが、これは彼が「エゴイスティックにドラムだけを目立たせる」タイプではないことの裏返しでもある。熱心なドラム愛好家たちからは、「実は一番難しいことをサラッとやっている」「歌モノドラマーの最高峰」として極めて高いリスペクトを集めており、玄人からの確かな評価がこの固定票に近い数字を形成していると言える。

所属バンド/レーベル 変遷

出典

今後追記予定の欠損情報

最終確認:2026-04-19
このページはDrummer JAPANが独自に制作したドラマーアーカイブです。情報は随時更新します。

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