神保彰|ドラマー名鑑
Drummer JAPAN 記事初稿(v1.0)
作成: Claude(執筆) / 横井ジン(監修)
作成日: 2026-04-18
適用: Core v1.2 + Branch C v1.1 + Individual v1.0
文字数目標: 8,000〜10,000字
2026年4月18日、日本橋三井ホールは満員だった。
舞台の中央にあるのは、ドラムセットが一台。その前に立つのは67歳の男、神保彰。だが開演と同時に客席から笑みがこぼれた——ドラムセットだけのはずが、そこから弦楽が鳴り、ベースラインが流れ、メロディが部屋を満たしていくからだ。ドラマーが一人いるだけなのに。
「ワンマン・オーケストラ」という言葉はキャッチコピーではない。あれは設計図だ。ヤマハのMIDIトリガーシステムをドラムセットに組み込み、スティックがスネアを叩くたびに音楽が別の層で立ち上がる。生ドラムとシンセ、メロディとリズムが一つの人体を通して同時出力される——それが神保彰のソロパフォーマンスであり、1996年から30年間、彼が世界に問い続けてきた「ドラムの可能性」の結晶である。
CASIOPEA の黄金期を内側から鳴らし、アジア人として初めて米誌 Modern Drummer の表紙を飾り、ニューズウィークに「世界で尊敬される日本人」として名を刻んだ。だが神保彰をドラマー名鑑に記録する最大の理由は、そのような勲章の列挙ではない。「ドラムセット一台で何ができるか」を問い続け、45年間にわたって更新し続けてきたその姿勢そのものが、日本のドラム文化に与えた影響は計り知れない。
基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 神保彰(じんぼ あきら)/ Akira Jimbo |
| 生年月日 | 1959年2月27日 |
| 出身 | 東京都 |
| 学歴 | 慶應義塾大学経済学部卒業 |
| 担当 | ドラムス・作曲 |
| 主な活動形態 | ソロ(ワンマンオーケストラ)・PYRAMID・かつしかトリオ |
| レーベル | キングレコード |
| エンドーサー | YAMAHA(ドラム・電子音響機材)、ZILDJIAN(シンバル)、Vic Firth(スティック) |
| 公式サイト | https://akira-jimbo.uh-oh.jp/ |
| リーダー作品数 | 34作確認済み(2026年1月「34/45」まで) |
所属変遷
| 期間 | 所属/活動形態 | 備考 |
|---|---|---|
| 1980年〜1989年 | CASIOPEA(ドラムス) | 大学在学中にプロデビュー |
| 1986年〜 | ソロ活動開始 | 1作目「COTTON」リリース |
| 1989年〜1998年 | ジンサク | 櫻井哲夫とのドラム&ベースデュオ |
| 1997年〜2006年 | CASIOPEA サポートメンバーとして復帰 | |
| 2012年〜2022年 | CASIOPEA 3rd | 2022年「A.J.FINAL」ツアーで完全卒業 |
| 2011年〜2023年 | 国立音楽大学 ジャズ専修 客員教授 | 12年間にわたり後進を指導 |
| 現在 | ソロ(ワンマンオーケストラ)・PYRAMID・かつしかトリオ |
最終確認:2026-04-18
経済学部の教室から、CASIOPEA へ
1959年、東京都生まれ。慶應義塾中等部から慶應義塾高等学校、慶應義塾大学経済学部へと進学した神保彰がドラムと出会ったのは、大学入学後のことだ。軽音楽部のビッグバンドに参加し、スティックを握った。経済学を学ぶ傍ら夢中になったリズムは、やがて彼の人生の核になっていく。
転機は唐突に訪れた。大学3年生(1980年)、同じ慶應義塾大学の仲間だった櫻井哲夫——後に日本を代表するフュージョンベーシストとなる人物——に、あるバンドへの参加を打診される。そのバンドの名前は CASIOPEA。当時すでに日本のフュージョンシーンで頭角を現しつつあった4人組だ。
「経済学部の学生がプロのフュージョンバンドに呼ばれる」というのは、いま振り返っても驚くべき話だ。だが神保はその声に応えた。1980年、在学中にプロデビューを果たし、以来45年間、音楽の最前線を走り続けることになる。
CASIOPEA 時代(1980〜1989年)——日本フュージョンの黄金期を叩く
CASIOPEA は神保にとって最初の、そして最も長い「舞台」だった。野呂一生(ギター)、向谷実(キーボード)、櫻井哲夫(ベース)、そして神保彰(ドラムス)の4人体制で、1980年代の日本フュージョンシーンを牽引した。
特筆すべきは、その音楽的密度の高さだ。CASIOPEA の楽曲は演奏技術の限界を試し続けるような構成で知られ、神保のドラムはそのアンサンブルの根幹を支えた。1982年リリースの「MINT JAMS」はリアルタイムライブ録音として今なお語り継がれる名盤であり、ライブドラミングの記録としても価値が高い。
1989年、方針の相違を理由に神保は CASIOPEA を脱退。しかし1997年にはサポートメンバーとして復帰し、2012年に CASIOPEA 3rd として再結成した際も参加。2022年4月から5月にかけての「A.J.FINAL」ツアーをもって完全に卒業するまで、CASIOPEA というステージに28年間関わり続けた。
CASIOPEA 時代のアルバムは1980年代だけで計17枚。1997年の復帰以降も11枚以上のリリースに参加している。
ワンマンオーケストラ——ドラムで交響楽を書く
ソロ活動は CASIOPEA と並行して1986年から続いていたが、神保の表現が別次元へ跳躍したのは1996年だ。ヤマハの「ドラム・トリガー・システム」を導入し、ドラムのストロークがMIDI信号を通してメロディや和声を同時に生み出す演奏スタイル——「ワンマン・オーケストラ」が始まった。
仕組みはこうだ。ドラムセットに装着されたヤマハ EAD10(エレクトロニックアコースティックドラムモジュール)がドラム全体を収音し、スティックの打点をMIDI信号に変換。あらかじめ設計されたトリガーシステムを通じて、一打ごとに異なる音源を起動させる。その結果、神保が一人でドラムを叩くと、そこに弦楽のシーケンスが重なり、ベースが鳴り、時にはブラスのハーモニーが呼応する。
重要なのは、これが「打ち込み楽曲の上でドラムを叩く」のとは根本的に異なるということだ。神保のドラミングそのものが音楽のすべての層をリアルタイムで生成する。演奏のテンポが変わればシステム全体が変わる。ミスは音楽の全体像を揺らす。それはソロドラムパフォーマンスを多重奏に変換する、高度に設計された演奏哲学だ。
1996年以来、このスタイルは年を追うごとに洗練され、2024年にはヤマハ銀座スタジオと名古屋ホールで開催されたクリニック&ライブで、最新のSAGEPAS 1K mkII(4台による360度ステレオ配置)と組み合わせた最新形が披露された。2026年4月18日の日本橋三井ホールでの45周年記念ライブは、30年間のワンマンオーケストラ集大成として位置づけられている。
ソロリーダー作 — 34作・40年の記録
1986年、CASIOPEA 在籍中にリリースしたソロデビュー作「COTTON」(徳間ジャパン)は、ロサンゼルスでレコーディングされたスムースジャズ色の作品だった。ドラマーのソロアルバムとして、しかも20代半ばでの海外録音は当時としては特筆すべき挑戦だった。
以降、神保は年に1〜2作のペースでリーダー作を発表し続ける。1990年代は徳間・アルファ・ポリドールと複数レーベルを経て、2007年にキングレコードへ移籍。以降は「JIMBO GUMBO」「JIMBO de COVER」シリーズ、New York デュオシリーズ(24th Street・28 NY Blue など)、LA トリオシリーズ(25th Avenue・27th Avenue など)と、明確なコンセプトを持ったシリーズ展開が続く。
2019年の「JIMBO THE BEST -KANREKI-」は還暦記念ベスト。そして2026年1月1日にリリースされた「34/45」は34枚目のソロアルバムであり、プロデビュー45周年の集大成だ。
これは記録として異例の数字だ。プロデビューから45年間、例外なく毎年リーダー作を発表し続けてきたドラマーは、日本においてほぼ神保彰の独占領域である。
主要ユニット・コラボレーション
CASIOPEA とソロ活動の並走に加え、神保は複数の固定ユニットで異なる音楽的実験を続けてきた。
ジンサク(1990〜1998年):CASIOPEA の同僚でもあった櫻井哲夫とのドラム&ベースデュオ。フュージョンとソウルを交差させた楽曲群は、「リズム隊だけで何ができるか」という問いへの実践的な答えだった。
Synchronized DNA(2004年〜):T-SQUARE のドラマー・則竹裕之とのツインドラムユニット。日本を代表する2人のドラマーが互いのリズムを絡み合わせるこのユニットは、ドラムが単独で「音楽のすべて」になれることを証明する場となった。
PYRAMID:ギタリスト・鳥山雄司とのデュオ。弦とリズムの対話を追求するユニットで、2026年夏にも新作が予定されている。
また、ネイザン・イーストとの共演は特別な意味を持つ。1982年の CASIOPEA「FOUR BY FOUR」で初めてスタジオを共にした後、40年以上の時を経た近年の共演では「アントニオの歌」カバーでネイザン・イーストにボーカル&ベースを担当させるという、長年の信頼関係が生んだ一曲が生まれた。
使用機材
ドラムキット:YAMAHA Recording Custom(シグネイチャーモデル)
バスドラム 22″×16″、タム 8″×7.5″・10″×7.5″・12″×8″・14″×12″・16″×14″のシェル構成。還暦を記念したカンレキスペシャルスネア(14″×5.5″)も使用している。
神保と YAMAHA の関係は1984年に始まる。YAMAHA 電子ドラムのデモンストレーター兼開発協力者として活動を開始し、以来40年以上にわたって機材開発の現場に関わってきた。ワンマンオーケストラに使用する YAMAHA EAD10(エレクトロニックアコースティックドラムモジュール)はバスドラムに装着してドラムセット全体を収音し、MIDIシグナルに変換する中枢を担う。
シンバル:ZILDJIAN K Custom Hybrid(神保彰プロデュース)
ハイハット 14″ Reversible HiHat、ライド 21″、クラッシュ 17″、チャイナ 19″、トラッシュスマッシュ 19″など。特筆すべきは Zildjian K Custom Hybrid シリーズの開発に神保自身がプロデューサーとして関与していることだ。島村楽器でも「神保彰プロデュース」として販売されている 20″ K Custom Hybrid Ride はその代表的な製品である。
スティック:Vic Firth
教育活動
2011年から2023年の12年間、神保彰は国立音楽大学ジャズ専修の客員教授を務めた。日本でジャズドラムを本格的に学ぶ場として、国立音楽大学のカリキュラムへの関与は長期にわたって継続された。
「80歳まで演奏し続ける」という神保の目標は、後進へのメッセージでもある。2025年11月、スティーヴ・ガッドと対面した際、80歳でもステージで叩き続けるガッドの姿に「具体的なビジョンと莫大な勇気をもらった」と語っている。プレイヤーとしての姿勢そのものが、教育の一形態であり続けている。
国際評価
神保彰の国際的な評価は、数値として明確に記録されている。
1999年、英国の音楽誌 RHYTHM が実施した「最も人気のあるドラマー」投票で2位を獲得。2000年6月、米国の権威ある専門誌 Modern Drummer の表紙を飾った——アジア人ドラマーとして初めての快挙だった。同年、Modern Drummer Festival にも出演している。
2003年、国内最大のドラム専門誌「リズム&ドラムマガジン」の20周年記念読者投票で1位を獲得。2007年10月17日号のニューズウィーク日本版「世界で尊敬される日本人100人」にも選出されている。
世界規模のドラマー情報サイト DRUMMERWORLD への掲載は、日本人として初だった。
これらは「海外で知名度のある日本人ドラマー」というレベルを超えた評価だ。英語圏のドラムコミュニティにおいて、神保彰は「Akira Jimbo」という固有名詞で通用するドラマーである。
ジャズ/フュージョン文化における位置づけ
神保彰は日本フュージョンの第1世代であり、同時にそのジャンルを更新し続けている現役ドラマーだ。
CASIOPEA は1980年代の日本フュージョンを世界水準に引き上げたバンドとして歴史に刻まれているが、神保はそのビートの設計者として内側にいた。速いだけでなく「歌う」ドラミング——ソングフォームへの敬意と精密なタイム感の両立は、フュージョンドラマーとしての神保の核であり、「演奏者として上手い」と「音楽として成立する」の間の差異を実践で示し続けてきた。
同時に神保は「フュージョンドラマー」という枠に収まり続けることを拒んでいる。ワンマンオーケストラというスタイルはフュージョンの文法を超え、ドラムセットを「ひとつの楽器」から「ひとつの楽団」へ昇格させようとする試みだ。その実験が1996年から30年間止まっていないという事実は、神保彰がプレイヤーである前に「音楽の構造を問い続けるデザイナー」であることを示している。
34枚のリーダー作・45年間の不断のリリース・後進への教育——日本のドラム文化において、これほど多層的な足跡を残したドラマーは極めて少ない。
今後追記予定の欠損情報
- Blue Note Tokyo での公演記録(Layer 3 探索済み・確認できず)
- 海外フェスティバル(Newport Jazz Festival・Monterey Jazz Festival 等)への出演記録(一次情報未確認)
- RHYTHM 誌 1999年号の一次誌面確認(現在★★)
- Zildjian との共同設計プロセスの詳細(「神保彰プロデュース」は確認済み・プロセス記録は未取得)
- DRUMMERWORLD 掲載の時期(「初の日本人」という事実は確認済み・掲載年未確認)
- ジンサク・Synchronized DNA・PYRAMID の個別アルバムクレジット詳細
出典・信頼度ラベル一覧
| 情報 | 信頼度 | 出典 |
|---|---|---|
| 生年月日・出身地 | ★★★ | Wikipedia(日英)、公式バイオ |
| 学歴(慶應義塾大学経済学部) | ★★★ | Wikipedia、慶應義塾大学広報誌 |
| CASIOPEA 在籍歴(3期) | ★★★ | Wikipedia・公式バイオ・ドラマガWeb |
| ソロデビュー「COTTON」1986年 | ★★★ | 公式ディスコグラフィー |
| リーダー作34作一覧 | ★★★ | 公式ディスコグラフィー akira-jimbo.uh-oh.jp |
| YAMAHA エンドース・機材型番 | ★★★ | YAMAHA ipy ページ、ドラマガ Set Up 記事、ヤマハ公式ニュース 2024 |
| ZILDJIAN K Custom Hybrid(プロデュース) | ★★★ | ドラマガ Set Up 記事、島村楽器商品ページ |
| ワンマンオーケストラ開始 1996年 | ★★★ | ヤマハ公式ニュース 2024 |
| Modern Drummer 2000年6月号表紙(アジア人初) | ★★★ | 英語Wikipedia、公式バイオ |
| Newsweek「世界が尊敬する日本人100人」2007年 | ★★★ | 日本語Wikipedia(2007年10月17日号と明記) |
| Rhythm & Drum Magazine 読者投票1位(2003年) | ★★★ | 公式バイオ |
| 国立音楽大学客員教授(2011〜2023年) | ★★★ | 公式バイオ |
| RHYTHM 誌(英国)1999年2位 | ★★ | 英語Wikipedia(一次誌面未確認) |
| DRUMMERWORLD 初の日本人 | ★☆ | 公式バイオ記載あり・時期未確認 |
| スティーヴ・ガッドとの出会い | ★★ | ドラマガ 45周年アニバーサリーインタビュー(2026年4月、一部購読制) |
このページはDrummer JAPANが独自に制作したドラマーアーカイブです。情報は随時更新します。