90年代から00年代にかけて日本のロックシーン、そしてヴィジュアル系シーンを席巻した怪物バンド「PIERROT」、そしてそのスピリットを受け継いだ「Angelo」のボトムを四半世紀以上にわたり支え続ける絶対的ドラマー、TAKEO。 ファンや関係者から愛と畏敬を込めて「変態ドラマー」と称される彼のプレイスタイルは、一般的な8ビートの概念を覆すものである。 作曲者であるキリトが打ち込みで作る人間が叩くことを想定していない複雑怪奇で変則的なリズムパターンを、強靭なフィジカルと緻密な計算をもって生ドラムで完全再現する。 その機械のような正確さと、ライブで魅せる人間味溢れるパッションの融合は、TAKEOというドラマーにしか到達し得ない孤高の領域である。
基本プロフィール
| 氏名(名義) | TAKEO(本名非公開) |
| 生年月日 | 1972年7月11日(★★★) |
| 出身 | 福島県郡山市(神奈川県生まれ)(★★★) |
| 担当 | ドラムス・電子パーカッション |
| 主な所属バンド | PIERROT (1994-2006, 2014等)、Angelo (2006-2022休止) |
| エンドーサー | Pearl(ドラムキット)(★★★) |
| 公式サイト | https://takeo-official.com/ |
ドラマーとしての特徴
TAKEOのドラミングの代名詞は、その「唯一無二の変則的なリズムアプローチ」である。 通常のロックドラムであれば2拍目と4拍目にスネアを入れるノリを作るが、彼は意図的にスネアの位置をズラしたり、キックとスネアの絡みを小節単位で幾何学的に反転させたりする独自のフレーズを多用する。 PIERROT時代からドラムシンセサイザーなどの電子機器を積極的に取り入れており、サイバーかつインダストリアルな世界観を生ドラムで構築することに長けている。 ライブのオープニングSEの多くを彼自身が制作していることからも、単なるリズム・キープ役ではなくサウンドデザインの中核であることがわかる(★★★)。
使用機材
ドラムキットとハイブリッド環境(★★★)
日本を代表するメーカーPearl(パール)のエンドーサーとして長年活躍している。 要塞のように組まれた多点キットと、ドラムパッドや電子音源をブレンドしたハイブリッドなセッティングが基本であり、ライブではアコースティックのタイトな打撃音と無機質なサンプリング音がシームレスに移行する。
エピソード
打ち込みへの果敢な挑戦(★★★)
PIERROT時代、メインコンポーザーであるキリトはDTMで物理法則を無視したドラムパターンを打ち込んでデモを作っていた。 人が叩くのは無理と言われるその変則ビートに対し、TAKEOはフレーズの簡略化を拒み、徹底的な練習によって「そのまま生ドラムで叩いききる」というストイックなスタンスを貫いた。 これがファンを含め界隈から「変態ドラマー」と愛情と畏敬の念を込めて呼ばれる最大の理由である。
大病からの復活(★★★)
近年、大動脈解離による緊急入院という命に関わる大病を経験したが、見事に乗り越えステージに復帰した。 現在は健康を重んじ、かつて愛用していたタバコとも決別し、ドラミングの力強さを更に研ぎ澄ませている。
所属変遷
| 期間 | 所属/活動形態 | 備考 |
| 1994年〜2006年等 | PIERROT | 狂気と知性のアプローチで一時代を築く |
| 2006年〜(現在休止中) | Angelo | PIERROT解散後、キリトらと結成 |
一言紹介
マシーンの無機質さと生粋のロック魂を融合させた孤高の「変態職人」ドラマー。
出典
- TAKEO 公式ウェブサイト (★★★)
- Pearl 公式ウェブサイト内の情報 (★★★)
未確認情報
- 最新機材として導入しているすべてのシンバル・電子パッドの詳細な型番(★)
その常軌を逸したリズムアプローチは、単なる奇を衒ったプレイではなく、楽曲の持つディストピア的な世界観を構築するための必然的な表現手段である。 彼のストイックな姿勢は、ヴィジュアル系というカルチャーの枠を越え、広くドラムという楽器の可能性を開拓し続けているのである。
PIERROTのメジャーデビューと解散
TAKEOがPIERROTに加入したのは1994年のことだ。それまでドラムマシン主体で作られていたバンドの楽曲を、生ドラムで再現するという前代未聞の挑戦から彼のPIERROTでのキャリアは始まった。1998年、東芝EMIよりシングル「Clear Sky」でメジャーデビュー。以後、ヴィジュアル系シーンのトップバンドとして地位を確立し、TAKEOのドラムはその異形のサウンドの核となった。しかし2006年、PIERROTは活動を終了する。12年間積み上げてきたリズムに幕が下りた。
Angeloへ――そして大動脈解離との闘い
PIERROTの終焉から間を置かず、2006年8月にTAKEOはキリト・KOHTAとともにAngeloを結成する。PIERROTの遺伝子を受け継ぎながら、より成熟した音楽性を追求するバンドとして始動したAngeloでも、TAKEOの「変態ドラミング」は欠かせない要素であり続けた。しかし、その後TAKEOは大動脈解離という命に関わる病に倒れ、緊急入院を余儀なくされる。それがDIR EN GREYとのジョイントライブを控えた時期だったことが関係者に衝撃を与えた。しかしTAKEOはそのライブに復帰し、ステージに立った。
「変態ドラマー」の本質
TAKEOが「変態ドラマー」と呼ばれる所以は、単なるテクニックの奇抜さにあるのではない。作曲者キリトが打ち込みで設計した「人間には叩けない」とされるリズムパターンを、TAKEOは徹底した反復練習によって完全に人力化した。スネアとキックの配置を幾何学的に組み替え、サイバー的・インダストリアルな空気を生身の肉体で生み出す。その行為の本質は「音楽の意図に対する究極の誠実さ」だ。楽曲が要求するならば、いかなる変則リズムも人力で叩き切る。このストイシズムこそが、TAKEOというドラマーの核心である。
PIERROTとAngelo、合わせて30年以上にわたって日本のヴィジュアル系シーンのリズムを担い続けたTAKEO。その足跡は「変態」という言葉が最大の称賛として機能する、稀有なドラマーの存在証明だ。大病を乗り越え、今もスティックを握り続けるその姿は、音楽への誠実さの体現そのものである。
このページはDrummer JAPANが独自に制作したドラマーアーカイブです。情報は随時更新します。