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淳士(JUNJI)|ドラマー名鑑|Drummer JAPAN

オレンジ色に染め上げた頭髪と全身を覆うタトゥー、そして圧倒的なカリスマ性で「魅せるドラマー」の究極形を体現し続ける男、淳士。90年代の日本のロックシーンをテクニカルなアンサンブルで席巻したSIAM SHADEのドラマーとしてその名を轟かせ、解散後もT.M.Revolution、GACKT、Acid Black Cherryなど、日本を代表するロック・ポップス・ヴィジュアル系アーティストたちから絶対的な信頼を受けるセッション・ドラマーである。彼のプレイスタイルの根幹には、ハードロックの力強さと、変拍子すらもキャッチーに聴かせる緻密な計算が存在する。加えて近年は、持ち前の明るいキャラクターと巧みなトークを活かしてYouTubeチャンネル「淳士チャンネル」を成功させ、ドラムという楽器の魅力を一般層からマニアまで幅広く発信し続けている。「技術」と「華」をこれほど高い次元で両立させているドラマーは、日本において他に類を見ない。


基本プロフィール

項目 内容
氏名(名義) 淳士(じゅんじ)
本名 佐久間淳二(さくま じゅんじ)
公式ローマ字表記 JUNJI(または Jun-ji)
生年月日 1973年3月30日
出身 熊本県生まれ、神奈川県秦野市出身
担当 ドラムス・ボーカル(BULL ZEICHEN 88等で一部)
主な所属バンド SIAM SHADE, BULL ZEICHEN 88 等
主なセッション参加 T.M.Revolution, Acid Black Cherry, GACKT, Sound Horizon 等
エンドーサー Pearl(ドラムキット、スネア、スティック等)、SABIAN(シンバル)
プレイスタイル ハードロック、プログレッシヴ・メタル、ポップ・ロック

ドラマーとしての特徴:変拍子を踊らせる「華」と「筋肉」(プレイスタイル詳細)

淳士のドラミングを語る上で欠かすことのできない要素は、「難解なフレーズを極めてキャッチーに、そして視覚的に派手に叩く」という圧倒的なエンターテインメント性である。SIAM SHADE時代から培われた彼のプレイは、Dream Theaterなどのプログレッシヴ・メタルから強く影響を受けており、複雑な変拍子やキメの連続が楽曲の至る所に散りばめられている。

しかし、彼のドラムがマニアックな聴衆だけでなく、一般のJ-POPリスナーをも熱狂させる理由は、その「ビートの重心の低さ」と「揺るぎないノリ(グルーヴ)」にある。例えば、5拍子や7拍子といった奇数拍子のフレーズであっても、彼はスネアのアタックとバスドラムの踏み込みを極めて重くタイトにコントロールすることで、決して聴き手を置き去りにしない。複雑なことをやっているにもかかわらず、観客は自然とそのリズムに乗って首を振ることができるのである。

彼のフットワーク(バスドラム)の凄まじさも特筆に値する。ツインペダルを駆使した16分音符の高速連打や、タム回し(フィルイン)にツーバスの連打をシームレスに組み込む「手足のコンビネーション」の正確さは、日本はおろか世界基準で見てもトップクラスである。一打一打に全身の筋肉を連動させて叩き込まれるため、ライブの終盤になっても全く音量が落ちず、むしろスタミナを増していくような異常な持久力を誇る。

また、「魅せる」ことに対するこだわりは並外れている。高くセットされたシンバルを打つ際に腕を大きく振り被るアクションや、スティックを見事に回しながら叩く(スティックトリック)技術は、彼のトレードマークである。ドームクラスのステージであっても、一番後ろの観客にまで「ドラムが躍動している」ことが伝わるそのオーバーなアクションは、数多くのアーティストが彼をサポートに指名する大きな理由の一つとなっている。


キャリア年表:SIAM SHADEの伝説からセッション王への道

幼少期〜10代:ドラムとの出会いとルーツ 神奈川県秦野市で育った彼は、幼い頃から音楽に興味を持ち、中学生時代にドラムに出会う。当時の彼は、モトリー・クルー(Mötley Crüe)のトミー・リーなどの派手で豪快なアメリカン・ハードロック・ドラマーに強く影響を受け、視覚的なパフォーマンスの重要性を学んだ。その後、高校に入学してからは同郷のLUNA SEAの真矢らとも交流があり、地元・神奈川のバンドシーンで次第に頭角を現していく。

1993年〜2002年:SIAM SHADEでの熱狂とブレイク 1993年、SIAM SHADE(当時の表記は「シャムシェイド」)に加入。高い演奏技術を持つメンバーが揃う中で、彼のプログレッシヴかつキャッチーなドラミングはバンドの核となる。1997年のシングル「1/3の純情な感情」が大ヒットを記録し、バンドは一躍国民的なロックバンドへと成長。アルバム『SIAM SHADE IV』や『SIAM SHADE VI』などで聴かせる変幻自在のリズムアレンジは、当時のギターキッズのみならず数多くのドラムキッズをも熱狂させた。2002年3月、日本武道館でのライブを最後にSIAM SHADEは惜しまれつつ解散する。

2000年代以降〜現在:無敵のセッション・ドラマーとしての暗躍 SIAM SHADE解散後、彼のドラマーとしての才能はソロ・アーティストや他のプロジェクトから引っ張りだこになる。T.M.Revolution(西川貴教)のライブ・サポートでは長年にわたり不動のドラムスローンを守り、GACKTのプロジェクト「YELLOW FRIED CHICKENz」や、ジャンヌダルクのyasuによるソロプロジェクト「Acid Black Cherry」等、日本のロック・ヴィジュアル系シーンにおける屋台骨を次々と歴任する。 また、SIAM SHADEの同僚であるIKUO(Ba)らとテクニカル・ロックバンド「BULL ZEICHEN 88」を結成し、自身のフロントマン寄りのキャラクターを生かした活動も精力的に展開。並行して、後進の指導やクリニックツアーなども積極的に行い、「淳士に憧れてドラムを始めた」というプロ志望の若手を数多く生み出している。

近年の活動:「淳士チャンネル」の成功 さらに彼を特異な存在にしているのが、YouTubeチャンネル「淳士チャンネル」の成功である。単なる演奏動画だけでなく、愛車であるオレンジ色のスポーツカーに関するトークや、日常の飾らない(しかし抜群に面白い)フリートーク、さらにはファンからの質問に答える生配信など、彼のエンターテイナーとしての魅力が凝縮されたコンテンツが大きな反響を呼んでいる。ミュージシャンがYouTuberとして成功するロールモデルを、極めてオーガニックな形で作り上げた人物でもある。


使用機材

ドラムキット:Pearlとオレンジ色の要塞

長年にわたりPearl(パール)ドラムスと厚いエンドースメント契約を結んでいる。彼の代名詞といえば、自身のテーマカラーである「オレンジ色(または特徴的なグラフィック)」に塗装された巨大なオーダーメイドのドラムキットである。22インチまたは24インチのツーバス(あるいはツインペダル)を主軸に、複数のタム(8, 10, 12, 13インチ等)とフロアタム(16, 18インチ)を城壁のように配置する要塞セットを組むことが多い。材質はマスターワークスやリファレンス等、強烈なアタックと太いローエンドが両立するハイエンド・モデルを好んで使用している。

スネア

Pearlからは彼のシグネチャーモデル・スネアドラムが発売されており、多くのファンやプロドラマーに愛用されている。彼がスネアに求めるのは、「大音量のギターやシーケンス音源を突き破って客席に真っ直ぐ届く『カンッ!』という強烈な抜け」である。そのため、ブラスなどの金属胴をハイピッチでカンカンに張り上げ、オープンリムショットで芯を撃ち抜く強烈なサウンドメイクを行っている。

シンバル:SABIAN

シンバルはSABIAN(セイビアン)を使用。AAXシリーズやHHXシリーズなど、明るく切れ味の鋭いサウンドを組み合わせている。セットの両端にはチャイナシンバルが高くそびえ立ち、アクセントの際に腕を伸ばして打ち下ろす視覚的効果は絶大である。また、手数の多い彼らしく、スプラッシュシンバルなどのエフェクト系も緻密に配置されている。


主な参加プロジェクト・作品

SIAM SHADE 作品群

  • 『SIAM SHADE IV・Zero』(1998年):「1/3の純情な感情」を収録する一方で、「Virtuoso」などのインストゥルメンタル曲では、変拍子・キメの嵐によるテクニカル集団としての本性を見せつけた。(★★★ 公式ディスコグラフィー確認済み)
  • 『SIAM SHADE VI』(2000年):「GET A LIFE」等で聴かれる、ヘヴィなリフと淳士の手数が完全に一体化したグルーヴは、日本のラウド・プログレッシヴロックのマスターピース。(★★★ 公式ディスコグラフィー確認済み)

セッションワークス

  • Acid Black Cherry『L-エル-』等:yasuの紡ぎ出すドラマチックでポップなメロディラインを、ツーバスと鋭いスネアで極限までロックへと引き上げる重要な役割を担った。彼(とサポートベーシスト陣)の生み出すリズムの推進力は、ABCのライブの熱狂に不可欠なピースであった。
  • Sound Horizon:幻想的な物語音楽の世界においても、そのテクニカルな手足のコンビネーションが存分に発揮され、ジャンルを超えた適応力を証明している。

エピソード

圧倒的なプロ意識と「魅せる」ことへの責任

彼は「ステージに立つ以上、ドラマーであっても一番の後ろの席からカッコよく見えなければ意味がない」という哲学を持っている。そのため、衣装や髪型(特徴的な鮮やかなオレンジヘア)へのこだわりに加え、日々の筋力トレーニングによる肉体改造も怠らない。彼が真夏の長時間のライブであっても笑顔でツーバスを踏み続けられるのは、裏でのストイックな努力の賜物である。「魅せるプロフェッショナル」としての妥協のなさは、サポートを依頼したアーティストたちからの絶大な信頼の源である。(★★★ インタビュー・SNS発信等より)

同郷の真矢(LUNA SEA)との絆

出身地が同じ神奈川県秦野市周辺であり、年齢も近いことから、LUNA SEAの真矢とは若い頃から深い親交がある。SIAM SHADE時代も含め、互いのドラムスタイルについて語り合うことも多く、淳士の「派手なアクションで聴衆を惹きつける」というアプローチには、真矢のドラミング哲学と共通する「華」が間違いなく息づいている。


ロック/セッションドラマーとしての位置づけ

淳士が日本のドラムシーンにおいて確立したポジションは極めてユニークである。「プログレッシヴな超絶技巧」と「ヴィジュアル系・J-POPの華やかなエンターテインメント性」を、違和感なく一つのパッケージとして提示できたドラマーは彼以外にほとんど存在しない。

彼が叩くことで、どんなポップなメロディの楽曲も「極上のハードロック」へと昇華され、逆にどれほどマニアックで変拍子だらけの楽曲も「踊れるキャッチーな音楽」へと変換される。この音楽的な変換能力の高さこそが、数多くのトップ・アーティストが彼を求め続ける最大の理由であり、彼が「日本のロック・セッション界の絶対的エース」と呼ばれ続ける所以である。


Drummer JAPAN 人気投票 2025 での扱い

Drummer JAPANによる「日本のドラマー人気投票2025」において、淳士は第27位(198票)を獲得した。SIAM SHADE時代からの筋金入りのロックファンに加えて、T.M.RevolutionやAcid Black Cherry等を通じて彼を知ったJ-POPファン、さらには「淳士チャンネル」の視聴者という、全く異なる複数の層から厚い支持を集めている結果である。卓越した技術と人間的魅力・タレント性を併せ持つ彼の存在は、本投票の「最も華のあるドラマーの一人」として確実に記憶されるべき順位である。


所属バンド/レーベル 変遷

期間 所属/活動形態 備考
1993年〜2002年 SIAM SHADE 時代を席巻し、日本武道館で解散(後年、度々再結成ライブも実施)
2000年代以降 セッション&BULL ZEICHEN 88 等 数多のサポートを務めながら自身のバンドやYouTube活動を成功させる

最終確認:2026-04-18


出典

  • 淳士 公式SNSアカウント(X, Instagram)・公式YouTube「淳士チャンネル」 ★★★
  • Pearl ドラムス 公式エンドーサー情報・シグネチャースネア紹介ページ ★★★
  • SIAM SHADE 公式アーカイブ情報 ★★
  • 各種ドラム専門誌(Drums Magazine Japan等)における過去の表紙・特集記事(奏法・フォーム解析) ★★

今後追記予定の欠損情報

  • 【全セッションサポート参加楽曲のコンプリートリスト】:未確認(★☆留保:キャリアが長く、数え切れないほどのレコーディング・ライブに参加しているため、全貌のリスト化には膨大な時間と本人確認を要するため)

このページはDrummer JAPANが独自に制作したドラマーアーカイブです。情報は随時更新します。

横井ジン
横井ジン
https://drummerjapan.com/
映像ディレクター / Drummer JAPAN編集長 TVディレクターを経て2005年より本メディアを主宰。映像制作のプロとして、また一人のドラマーとして、偉大なプレイヤーたちの軌跡を映像で後世に遺すプロジェクトを牽引。生涯、映像とドラムと共に。

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